北極星を見ながら

人生という航海の中で

【抜粋版】

※本稿は、現在執筆中の随筆「北極星を見ながら~人生という航海の中で」の抜粋版です。
全文は加筆・推敲のうえ、武道と人生について考えたことを綴った小冊子として近々販売・刊行する予定です。

 

 

以前、父の日に、父への思いを短い詩にしたことがある。

その中で私は、父への感謝について書こうとした。

しかし、書いているうちに、その感謝は父だけにはとどまらなかった。

私を教え導いてくれた先生たち。

ともに歩いてくれた友人たち。

苦しい時に支えてくれた人たち。

妻。

そして、私の心を磨いてくれたライバルたち。

縁あって出会った人々。

父への感謝は、いつしか、私の人生に関わってくれたすべての人への感謝へと広がっていった。

今になって振り返ると、そこには現在の私が人生について考えていることの萌芽が、すでにあったのかもしれない。

父は十五年ほど前に体を悪くし、それ以来、半身を思うように使うことができない。

私が幼い頃は、父はよく私を車に乗せ、山や川や海へ連れていってくれた。

私は、父の運転する車に乗ることが好きだった。

思春期に入り、私が道を外れそうになった時も、父は力で私を押さえつけることはしなかった。

時には口うるさいことも言ったが、私が本当に苦しい時には、黙って見守ってくれていた。

当時の私には、そのありがたさが十分には分からなかった。

しかし、自分も親となり、子どもの将来を案じるようになった今、少しずつ父の気持ちが分かるようになった気がする。

そして今、その父も老いた。

私が若い頃に教えを受けた恩師たちも、一人、また一人と鬼籍に入っていった。

自分自身にも、老いと身体の衰えを感じるようになった。

若い頃には遠くに感じていた「死」というものが、今は以前とは比べものにならないほど身近なものになった。

それは、死を恐れるようになったということではない。

人生には終わりがあるということを、以前より現実のものとして感じるようになったということである。

そして私は考える。

残された時間を、私はどう生きるのか。

人が生きるということは、船で海を航海することに少し似ているのではないかと思う。

人はそれぞれ、自分なりの目的地を思い描いて船を出す。

成功。

勝利。

強さ。

豊かさ。

仕事。

家族。

夢。

目指す場所は、人それぞれ違ってよい。

目的地があるからこそ、人は船を出し、荒れた海にも向かうことができる。

私自身もそうだった。

格闘技や武道の世界に入り、強さを求め、勝利を求め、自分なりの理想を追い続けてきた。

しかし人生は、最初に描いた海図の通りには進まない。

着くことのできた港もある。

着けなかった港もある。

途中で目指す場所が変わることもある。

嵐に遭い、方向を見失うこともある。

そして何より、人生という航海がいつ終わるかは、誰にも分からない。

死は、私たちが目指して進む最後の港ではない。

まだ目的地へ向かっている途中で、航海そのものが終わることもある。

だからこそ私は、人生の価値を「何を成し遂げたか」だけでは考えられないと思うようになった。

成功したか。

勝ったか。

夢を実現したか。

それも大切である。

しかし、それ以上に大切なのは、

航海が終わるその時まで、人間として恥じない方向を向いて生きることができるか。

ということではないだろうか。

もちろん、人は間違える。

私自身も、これまで何度も進む方向を間違えてきたと思う。

大切なのは、一度も間違えないことではない。

自分が間違っていることに気づいた時、その事実から目をそらさないこと。そして、もう一度舵を切り直すことができるかどうか。

そのために、人生にも「北極星」が必要なのではないか。

北極星は、目的地ではない。

北極星に向かって船を進めるわけでもない。

どこへ行くかは、自分で決める。

しかし、自分が今どこにいて、どちらを向いているのかを確かめるためには、基準となるものが必要になる。

人生も同じだと思う。

何を目指すかは、自分で決めればよい。

しかしその途中で、

自分は、人として進む方向を間違えてはいないか。

そのことを確かめる基準は必要なのではないか。

私は長い間、武道について考えてきた。

強さとは何か。

勝つとは何か。

礼とは何か。

武道とは何か。

そして「武道家」という言葉にも、憧れと同時に、ある種の違和感を感じ続けてきた。

三十年ほど前、私は「武道人」という言葉を意識するようになった。

当時は、その意味を今のように説明することはできなかった。

ただ、「武道家」という言葉だけでは、自分が求めている人間のあり方を十分に表せない。

そんな直感があったのだと思う。

今の私にとって、「武道人」は新しい称号ではない。

武道家より上に立つ者を意味する言葉でもない。

武道を学んできた一人の人間として、

私はどう生きるのか。

その問いを持ち続けるための言葉である。

だから今の私は、武道家として自分を完成させることよりも、

一武道人として生きていきたい

と思っている。

進む方向を間違えたなら、もう一度北極星を見る。

そして舵を切り直す。

人生という航海がいつ終わるのかは分からない。

だからこそ、最期まで、人間として恥じない方向を向いて生きていきたい。

一武道人として。

そして、一人の人間として。

 

 

 

本稿について

本稿は、現在執筆・推敲中の随筆
『北極星を見ながら~人生という航海の中で』の抜粋版です。

完全版では、父との記憶、老いと死についての思い、人生という航海、北極星という考え方、そして「武道家」から「武道人」へと至った私自身の思索について、より詳しく記しています。

全文は、武道と人生について考えるためのガイドブック(小冊子)として、近々販売・刊行する予定です。

武道を学ぶ人だけでなく、

「自分は何を目指して生きるのか」

「何を基準として人生の方向を確かめるのか」

そのような問いを持つ方にも、読んでいただければと思っています。